【プロフィール】 は じ め に いよいよ残すところ1年足らずの鳥取県立鳥取農業高等学校となった。 昭和23年4月に開校し、昭和26年3月には全日制第1回の卒業生33名を送り出した。それ以来、本・分校あわせて9、000名近くの卒業生を有為の人材として地域社会に送り出してきた。第53期生となる現三年生は、湖山校舎では4学科132名、美和校舎においては2学科65名(四年生を含む)となり、鳥取農業高校最後の生徒としての1年をはじめたところである。 昨年開校した鳥取湖陵高校では、2つの農業学科「食品システム科」、「緑地デザイン科」の二年生で本格的な専門教育が始まった。それに伴い、農業科教員の相互乗り入れによる授業展開も、一年生の授業時間数に加えて大幅に増加したため、両校間の連携が今までにも増して重要となっている。 湖山校舎、美和校舎ともに近年の厳しい就職戦線という状況下、生徒一人一人の進路保障をどのように進めていくかが今年度最大の教育目標である。また、本校の農業機械類や食品加工の施設設備等については、今年度末に鳥取湖陵高校へ移転することになっており、それに伴う様々な作業も予定されている。さらに、55年間にわたり蓄積された文書・蔵書の整理作業も年内完了を目途に、早急に実施に移さなければならない。 このように内外ともに今までになく厳しい情勢にある中で、卒業式・閉校式を「有終の美」で飾れるよう、教職員も減って入るが、職員すべての力を結集して本年度の「鳥農教育」に励みたいものである。 ![]() |
本 校 の 沿 革 昭和23年4月27日 鳥取県立鳥取実業高等学校として設立された。現在の「鳥取県教育センタ ー」の敷地が当時の校地のほぼ中央である。 本校は全日制農業科・水産科・定時制農業科・農村家庭科、美和分校は 定時制農業科として同時に設立され、鹿野分校は県立青谷高校の分校とし て設立された。 昭和24年4月 1日 美和分校とともに鳥取県立鳥取東高等学校に統合され水産科が廃止さ れ、農村工業科が設置された。 昭和26年4月 1日 鳥取東高から分離し、青谷高校と統合した鳥取県立気高高等学校となる (鹿野・美和の両分校も含む。) 昭和28年4月 1日 鳥取県立鳥取農業高等学校となり、青谷校舎は分離独立した。 昭和31年4月 1日 本校の定時制課程は募集停止となり、全日制家庭科が設置された。 昭和33年4月 6日 美和分校校舎が現在地(鳥取市源太)に新築移転した。 昭和33年4月26日 創立10周年記念式典が挙行された。 昭和40年4月 1日 本・分校とも家庭科が生活科と改称された。 昭和43年4月27日 創立20周年記念式典が挙行された。 昭和48年3月31日 本校が現在地(湖山町南三丁目)に新校舎完成し、移転完了した。 昭和53年10月7日 創立30周年記念式典が挙行された。 昭和54年3月 3日 鹿野分校の閉校式が行われ3月31日をもって閉校した。 昭和63年11月26日 創立40周年記念式典が挙行され、記念事業として中庭整備を行った。 平成元年 4月 1日 本校では、農業科・園芸科・食品製造科が、それぞれ生産流通科・緑地 園芸科・食品産業科となり、分校では畜産家科が産業基礎科となった。 平成 3年 4月 1日 生活科が生活科学科となった。 平成10年11月26日 創立50周年記念事業及び記念式典が挙行された。 |
教育目標 ![]() 本校建学の精神に基づき、基本的な人間教育の上に生徒の特性を伸ばす職業的能力を身につけさせ、社会の進展に寄与することのできる心身とも健全で想像力に満ちた産業人を養成する。 |