令和元年度琴の浦教育検証プロジェクトまとめ

令和元年度琴の浦教育検証プロジェクトまとめ
1 はじめに
 昨年度は作成した「就労準備性チェックリスト」の集計から導き出されたこと及び卒業生の就労先への企業のアンケート結果とその分析より5つの視点でまとめた。
今年度は卒業生(3期生と4期生)の就労で上手く行った事例と上手くいくことが困難であった事例を基に検証を行うこととした。「上手くいった事例」と「困難であった事例」についてそれぞれの共通性を見いだし、その要因等を分析することにより、本校の教育活動に生かしていくこととした。
令和元年度就労準備性チェックリストの取組とその考察について.pdf

2 検証方法
※対象者についてはいずれも進路部から提供。上手くいった事例:入社当初から特別な配慮等をする必要がなく(実習中の引継ぎ等のみで充足)、トラブル等がなかったもののうち、1月~2月に訪問可能な企業に勤めている卒業生。困難であった事例:実習したにも関わらず、入社当初から特別な配慮を要したり、会社を退職したりしたもの。
(1)上手くいった事例(対象者各地域3名ずつ計9名)
 ①就労先を訪ね、直接インタビューを行う。本人だけでなく、仕事の様子についても見学させていただいたり、時間が許せば職場の方のインタビューを行ったりしてその結果をまとめる。
 ②共通した行動特徴から必要な力が各教科のどのような内容を学習することで獲得できるかまとめる。
(2)困難であった事例(対象者4期生11名、3期生4名)
 ①在学中のインシデント3年時の内容を集計し、共通性についてまとめる。
 ②共通した課題の特徴から必要な力見いだし、それが各教科のどのような内容を学習することで獲得できるかまとめる。


3 結果
(1)
① 資料①(個人情報のためホームページ上には掲載しておりません)
 「上手くいっている事例」では企業側の受け入れも良く、たくさんお話をしてくださったところがほとんどであった。上手くいっている卒業生の特徴は以下のとおりである。
・自分の会社あるいは部署の仕事全体が分かり、仕事の段取りがある程度できる。
・人に自分の仕事の説明ができる。
・必要な報告や相談ができる。(不必要な確認はしない)
・ミスした時あるいはミスにつながるような内容について早く報告できる。
・自分の体力をよくわかっており、無理せずコンスタントに仕事を行っている。
・急に休むことはなく、健康面も情緒面も安定している。
・派手な遊びを行うことなく、まずは疲れた身体を休むことを休日の中心においている。
・定期的な面談をおこなっているところが多い
・仕事が継続できる理由として仕事が自分にあっているかどうかを挙げている。(興味の有無ではなく、仕事内容な適、不適かということ)
・自宅で一人で過ごすことが苦にならない。
・職場の同僚との距離感が適当である。(特に親しすぎることもなく、特に付き合いが悪いわけでもない。個人的な付き合いはないが忘年会程度には参加する)
 ②資料②参照  資料②.pdf
 ①を基に共通した必要な力についてまとめ、獲得するために必要な各教科の学習内容を抽出した。考えられる必要な力としては以下のとおりである。
・体調管理ができる。
・自分の体力や体調について理解できている。
 ・報告や相談が速やかにできる。
・仕事に対して向上心がある。
・気持ちの切り替えができる。
・自分の仕事の内容が理解できている。
・仕事の段取りができる。
・自分の周りだけでなく、周囲の様子が分かる。(シングルフォーカスではない)
・自分の特徴が分かり、他者に説明できる。
・自分に適した他者との付き合い方が分かる。
・自分の適性が分かっている。
・自己の体調や感情のコントロールがある程度できる。
・家族とのコミュニケーションが図れている。
・社会的支援の仕組みがわかり利用できる。
・自分の思いや状態を他者に言葉で伝えることができる。
(2)
②資料③参照  資料③.pdf
 「困難であった事例」については、学校教育でできる教育内容や支援について検討しておきたかったため、インシデントからその行動をまとめ、共通項を抽出していった。そして、必要な力についてまとめ、獲得するために必要な各教科の学習内容を抽出した。考えられる必要な力としては以下のとおりである。
・電話のかけ方がわかる。
・適切な言葉で自分の思いや言いたいことを伝えられる。
・社会の一般的なルールが分かる。
・連絡をしなかった後、どのようになるのか理解できる。
・体力をつける。
・体調の自己管理ができる。
・体調不良になる前兆がわかる。
・体調の不良や自分の体の状態を適切に他者に伝えられる。
・自分の苦手なことでも少し頑張ろうとする気持ちがもてる。
・どれくらい自分が欠課をしているかが分かり、調整して出席しようとする。
・友達との適切な関わり方が分かる。
・男女間の適切な関わり方が分かる。
・社会の一般的なルールが分かる。
・感情のコントロールができる。
・適切な言葉で自分の気持ちを説明したり、相手の言っていることを正しく受け止めたりする。
・情報モラルの意味が分かり、どのようにしていけばよいのかわかる。
・SNSの正しい使い方が分かる。
・不要物が何かが分かる。
・学校のきまりを守ろうとする。
・自他の区別、公のものが分かる。
・数量の計算ができる。
・社会生活を営むためにはお金が必要であることがわかる。
・自分にとって必要なお金がどれくらいかが分かる。
・お金を持っていない時にどのように対応すればよいのかわかる。
・事実と思いの区別ができ、正しく理解できる。
・自分のことをある程度客観的に振り返ることができると共に自分の思いや気持ちを伝えることができる。
・相手にわかりやすく説明できる。
・接続詞を正しく使いながら、話すこができる。
・現在、過去、未来の時系列が正しく理解できる。
・状況を正しく理解できる。
・ワーキングメモリーや長期記憶がある程度身に付いている。
・倫理観や正義感をもっている。

4 考察
(1)共通の特徴と教科の学習内容について
「上手くいっている事例」の特徴と「困難であった事例」の特徴から必要となる力がいくつか共通していることが分かった。よって、学習内容の共通性も見いだされた。つまり、本校では必要な学習内容は行われていない訳ではなく、必要な学習内容も十分提供されている。必要な力を獲得するために必要な教科の学習内容について一層丁寧に指導していく必要がある。一方で、課題としては、到達度が個々によって違っていたことが考えられる。特別支援教育では生徒それぞれの実態に合わせて教科の目標も設定しているが、社会に送り出すことを考えると企業側が求めるスタンダードを考える必要がある。つまり、学習における評価基準を決めて目標を設定し、評価していく必要がある。もちろん、学校教育としては、その基準に到達していない生徒をそのまま評価し、できないとレッテルをはったり、叱責したりするのではない。心の育ちや発達を保障するために、支援の在り方を再度検討し、目標を達成させるためにどのような支援を行うかも考えていく必要がある。
⇒評価基準を設定するために、まずは本校で教科ごとにどのような力をつけたいのか検討していく必要がある。(「教科におけるつけたい力」)本校の目指す生徒像を達成するために教科としてどのような力をつけるのかを明確にしておく。そのようにすることによって、教科ごとの個別の指導計画を作成する際にも有効に活用されるだろう。また、このように考えることで本校教育活動での「何ができるようになるか、何を身に付けさせたいか」、「何を学ぶか」が明確になる。

(2)移行支援会議の情報提供
 「困難であった事例」の共通する特徴にスクールカウンセラーのカウンセリングを卒業間近になっても継続していたことが分かった。卒業間近になってもカウンセリングが継続しているということは心的課題がまだまだ解決されていないということである。よって卒業後に開催される移行支援会議の時にそのことに触れておく必要がある。しかし、カウンセリング等と言うと企業では難しく感じてしまう所もある。そこで、「上手くいっている事例」の中に「定期的な面談」という言葉を使っている企業が複数あったので、移行支援会議の時に心的課題が解決できていない生徒に関しては「面談の必要がある」と、企業側に支援依頼しておくとよいと思われる。なお、面談は心的課題がない生徒にも有効な支援となっているので可能な企業には依頼をしておくと良い。
⇒支援での面談の有効性

(3)コミュニケーション課題及び他者との関係性への課題について
「上手くいっている事例」の卒業生は在学中にコミュニケーションに課題がない生徒ではなかった。どちらかと言うと在学中に課題があったが、それぞれが自分にあった他者とのコミュニケーションを図る力を獲得していったものと考えられる。それぞれ、担任あるいはそれに代わるものが実態把握を行い、適切な支援・指導を行うことによって改善していったと考えられる。
⇒個別あるいは少人数における自立活動の指導等を適切に行っていく必要がある。

(4) よりよく生きていこうとする態度の育成
 よりよく生きるために必要とされる、人間としての在り方や生き方の礎になるものがいわゆる「道徳的価値」であり、自立した人間として他者と共によりよくよく生きるための基盤となる道徳性を養うには道徳的価値をいかに育てていくかが大切となる。「道徳教育は教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づき、人間としての生き方を考え、主体的な判断の下に行動し、自立した人間として他者と共によりよく生きるための基盤となる道徳性を養うことを目標とする」と示してあり、自己を見つめ、物事を広い視野から多面的・多角的に考え、人間としての生き方について考えを深める学習が大切となる。
 道徳性の発達の出発点は自分自身である。自己を見つめ、真摯に自己と向き合い、自己理解を深めながら、人間としてよりよく生きていく上で自分の思いや課題に気付き、自己や社会の未来に夢や希望をもてるようにすることは社会で働いていくために大切な価値である。また、道徳的判断力はそれぞれの場面において善悪を判断する能力であり、様々な状況下において人間としてどのように対処することが望まれるか判断する力である。的確な道徳的判断力をもつことによって、それぞれの場面において機に応じた道徳的行為が可能になる。そして、道徳的心情は、人間としてのよりよい生き方や善を志向する感情であるとも言え、道徳的行為の動機として強く作用するものである。これらは全て内面的資質を育てるものと言える。
 以上のように主体的な判断の下に行動し、自立した一人の人間として他者と共によりよく生きるための基盤となる道徳性を養うことを目標とする教育活動は社会の変化に対応しその形成者として生きていくことができる人間を育成する上で重要な役割をもっていると言える。今回の結果の分析より、上手く社会の中で働き続けるために必要な力には道徳的内容が入っていた。社会に出て生活していくためには必要な学習内容であると考えられる。
⇒知的障がいのある生徒の道徳教育について考えていく必要がある。

5 「音楽」「美術」「保健体育」について
今回まとめた必要とされる力を獲得していくための学習内容については国語・数学等の特定の教科における内容が多かったが、「上手くいった事例」の卒業生の実態により「音楽」、「美術」、「保健体育」の内容から学ぶべきことが多いことが明確となった。例えば「音楽」については余暇生活を充実させるだけでなく、生活を明るく楽しいものにする習慣と態度を育てることがねらわれている。これは一人で余暇を楽しく過ごすための力ともなり得るし、日々の生活にちょっとした潤いも与えることができる。さらに、音楽教育の中で獲得した「自分なりの想像を広げる」ことは生活の中の様々な場面で生かすことができる。また、音楽の学習内容として扱われている友達と協力したり、互いのことを尊重し合ったり、役割分担をしたりして達成感を味わうという音楽教育での経験が他者との適切な距離感を保ちつつ、共に仕事をしていくという感覚を培っていく。「美術」では「自己表現を豊かにする」ことを学んでおり、他者に自分のことを伝える素地を育てている。また、視覚や感覚で捉えることを学習の中で学んでいるので日々の生活の中で働くことや何かを作り上げていくことに生かしていける。「保健体育」では、「運動技能を高めるばかりではなく、望ましい人間関係の形成を促進し、健康かつ安全で自律的な生活を営む習慣形成に繋がっていく」事を学んでいる。これらは正に仕事をする上で必要な力である。また、身に付けた体力や運動能力は学習や生活の効率を高め、社会自立に必要な体力をはじめ、判断力、責任感、協調性などを育成することにつながり、さらには、情緒の安定を促し、社会性を豊かにすることが期待されると言われており、まさに働くのに必要な力が獲得できる。
以上のように「音楽」「美術」「保健体育」では働くのに必要な素地や社会生活を営むのに必要な力を育むことが分かった。
⇒「音楽」「美術」「保健体育」の学習内容を今まで以上に精選し、取り組んでいくことによってより、社会性を育んでいくことにつながっていくものと考える。

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