弓道部の紹介

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弓道部は毎日楽しく練習をしています!

全員が高校から弓道を始めたひとばかりの部です!! 

皆が同じスタートラインから始めることが出来ます! 

後は、己との闘いです!

興味のある人は気軽に見学に来てください!

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日誌

【弓道部】第61回中国高等学校弓道選手権大会

2018年7月6日 07時53分

6月22日~24日に島根県浜山運動公園体育館カミアリーナで
第61回中国高等学校弓道選手権大会がありました。
中国大会ですが、全国大会と同じような体育館開催です。
全国大会環境で試合ができるのでインターハイに向けて絶好のチャンスですね。

23日の午前は個人戦です。
各自8射、的中上位8位までが入賞です。
女子個人には、松嶋美佑、絹見翼、高田麻鈴、木山菜月が出場。
高田が8射皆中。8射皆中は高田のみだったので優勝が確定。
おめでとう!絵文字:笑顔



男子個人には、渡邊怜音、池口修斗、東本永遠、田熊健太、竹本勇輝、松本佳祐が出場。
田熊が7中で4~8位決定の遠近競射へ。
競射の結果、第5位に入賞しました。
おめでとう!絵文字:笑顔




午後からは、団体予選です。
各チーム20射して上位16チームが予選通過、上位4チームがシードです。
男子は、東本に代えて松本佳祐を投入。
女子団体は18中で予選1位、男子団体は15中で予選1位タイ、ともにシード獲得で通過となりました。


24日は団体決勝トーナメントです。
女子からスタート。

1回戦
●光(山口) 8-16 倉吉西〇


2回戦
●鳥取西 12-18 倉吉西〇


準決勝
●香川(山口) 10-18 倉吉西〇


次はいよいよ決勝、相手は広島文教女子。
おなじみのカードですね。ご縁があります。
昨年の優勝校です。昨年は準決勝であたりました。今年は勝ちたいな。
広島文教の準決勝の的中は16中。さぁ運命の決勝戦!

1本目 倉吉西は2中、広島文教は2中。お互いを意識してか低調スタート。
2本目 倉吉西は5中、広島文教は2中。倉吉西は横皆中で拍手を頂きます。3本リード!
3本目 倉吉西は2中、広島文教は5中。今度は広島文教が横皆中。同中になって勝負は4本目へ
4本目 倉吉西は5中。広島文教は4中。最後はキッチリ横皆中。1本差で勝利。


決勝
〇倉吉西 14-13 広島文教女子(広島)●

ということで、2年ぶり16回目の優勝となりました。絵文字:NEW


男子は

1回戦
〇倉吉西 17-11 出雲(島根)●


2回戦
〇倉吉西 16-12 倉敷工業(岡山)●


準決勝
〇倉吉西 17-15 南陽工業(山口)●


今日は大体16・17ペースで良い感じ。さぁいよいよ決勝戦。
決勝の相手は下松工業(山口)。
先ほどの準決勝では倉吉西と同じ17中。
さてお互いどうなるのか?

1本目 下松工業は4中、倉吉西も4中。まだ始まったばかり。勝負の行方はこれから。
2本目 下松工業は5中、倉吉西も5中。両校横皆中で会場は拍手で包まれます。お互い譲らない。
3本目 下松工業は3中、倉吉西は4中。1本リード。
4本目 下松工業は3中、倉吉西は4中。さらに1本リード。


決勝
●下松工業(山口) 15-17 倉吉西〇

ということで、3年ぶり7回目の優勝3年ぶり4回目のアベック優勝となりました。絵文字:NEW




絵文字:良くできました OK試合結果絵文字:良くできました OK

個人戦
女子
優勝 高田麻鈴(8射8中)
男子
第5位 田熊健太(8射7中)

団体戦
女子
優勝(西菜央、高田麻鈴、石笠のあ、絹見翼、木山菜月、松嶋美佑、湯淺美思)
男子
優勝(東本永遠、田熊健太、池口修斗、渡邊怜音、竹本勇輝、松本佳祐、西尾祐哉)


女子団体は良い的中で準決勝まで来れました。決勝で的中が落ちたところが課題(伸びしろ)ですね。
男子団体は県総体での低的中を考えると大きな進歩です。
どういうメンタルで挑むべきか、インターハイへ向けてよいシミュレーションとなりました。
やっぱりワクワク楽しまないとね!絵文字:笑顔
インターハイまであと1ヶ月ほどですね。頑張りましょう!絵文字:晴れ

弓道場

新弓道場完成

2015年10月16日 07時41分

いよいよ新弓道場の完成です!

白壁土蔵のような「和」のたたずまい

防風壁も出来ました。これでビル風が無くなる事を祈ります。

射場正面より

的場です。

巻藁コーナー!

射場の内部です。広いですね!!

射手間隔も広く取れるようになりました。
「道場開き」
仮設から引越しの9月6日は、テスト期間で部活時間が制限されていました。
限られた時間の中で、引越しを済ませて
まずは監督の矢渡しです。この道場の記念すべき1本目と2本目。
責任重大です。緊張の一瞬!

安心しました!

その後、部員全員で一手祝射を行い、道場の完成を祝いました。
日程上、大々的な完成式典などが行えず、
また生徒も引越し作業後の普段着での道場開きとなりました。
道場建設にあたり、多くの方にご尽力いただき感謝申し上げます。
立派な道場に負けないように、更にこれからも精進いたします。

建築作業中

2015年10月14日 07時41分



いよいよ壁も出来てきました。

サイドはこんな感じ。

射場前面はこんな感じ。



防風壁や的場も形になってきました。

上棟

2015年7月6日 13時44分

更地になった土地に基礎が出来ました。木材も続々搬入!

いよいよ上棟です。足場を組んで

さぁ、組み立て開始!

仮設弓道場から見るとこんな感じです。柱が立ち始めました。




みるみる骨組みが出来上がっていきます。

仮設弓道場からも、その姿がはっきりと見えるようになりました。

垂木が張られて

屋根が完成!想像以上にデカイ!!

仮設弓道場

2015年6月8日 08時18分

いよいよ解体されてしまった弓道場。
弓道場が無くなったからといっても、1日たりとも練習を休むわけにはいきません。
試合シーズン真っ只中です。そして新入生も練習をしなければいけません。
倉吉市やその近郊には弓道場は無く、一番近い道場でも50kmほどの距離があります。
どうやっても「校外の施設で練習は出来ない」ということで
特別に工事期間中は校内の駐車場の一部に単管パイプで仮設弓道場を建設してもらい、
そこで練習をしています。
それが、今回ご紹介する倉吉西高仮設弓道場!

コチラが射場で

コチラが的場です。

強度上の問題で、的場の前にはパイプ有りです。
かなり酷な場所にパイプがあるので、協議をしましたが変更不可とのこと。
ならば仕方ない、コレでいきましょう!
しかし、パイプをよけて的を立てるとなると、的の間隔を狭くするしかありません。
インターハイは5人立ち、やっぱり6的は欲しい絵文字:会議
いろいろ考えた結果、狭いところで的間隔は90cmしか取れない。
公式規則の半分です絵文字:困った 冷汗。でも仕方ない。
パイプに巻いてある緑色のクッションカバーでは矢の破損は防げないので
的の高さまで砂袋を積んで対応。

当然射場側にもパイプがあり、オマケに目の前には電柱もある。

これだけ狭いと座射がキツイですね。
しかし練習できるということは、とてもありがたい事です絵文字:笑顔
事故の無いように気をつけて練習頑張ります絵文字:晴れ

弓道場解体作業

2015年5月12日 11時56分

いよいよ解体作業開始です。

バックホウが入って

屋根を剥がして

柱も解体

思い入れのある道場が、こうして解体されていく姿は心が痛みます。

的場も解体

立派に育った木々も
きき
伐採されて根っこも掘り起こし

どんどん更地へと変化していきます。

すべて撤去し終わって

更地になりました。

弓道場解体へ向けて片付け

2015年5月12日 11時40分

5月7日から解体作業が始まる弓道場。



ワイワイ賑やかで、賞状や大会の旗が貼られて

汗と涙と笑顔の思い出がいっぱい詰まった

思い入れのある

弓道場とお別れの時です。

GW最終日、明日からはもうこの道場に立ち入る事ができません。
いよいよ引越し作業です。
みんなで荷物を運び出すと、

こんなにスッキリして

ガラーンとしてしまいました。さみしいですね。道場ってこんなに広かったんだ。

この景色も見納めです。

ココで練習するのも今日で最後。残った時間で、この道場で最後の練習だ!

弓道場の歴史 建て替えの経緯

2015年4月20日 14時50分

1983年(昭和58年)3月に現在の場所に弓道場が新設されました。
それと同じくして、弓道部が同好会として発足。
1985年(昭和60年)には部に昇格し、進藤康文先生を師範として迎えます。
そして現在に至るまで、この弓道場で練習をしてまいりましたが、
2008年(平成20年)9月、すぐ隣に2階建ての新体育館(夢きらアリーナ)が完成すると
年間を通してビル風が発生し、練習に影響が出始めました。
特に冬場は、矢が風に流され真っ直ぐ飛ばないほどの暴風が吹き荒れ、
防風壁の設置が望まれました。
その後、県と検討協議を重ねた結果、道場自体の老朽化も目立つ事から
防風壁を含めた改築計画が出され、今年度新たに建て直すことになりました。
現在の弓道場は4月末日まで使用し、5月より解体、9月には新弓道場が完成する予定です。
ココでは随時、弓道場の様子をお伝えしていく予定です。
第1回目は現在の弓道場が建築されたときの様子をお届けします。

コチラが1983年2月に、現在の弓道場が建築される前の状態です。


鉄骨が組まれて、道場の形が出来てきました。


そして、これが完成直後の様子です。
ココから倉吉西高弓道部の歴史は始まりました。