弓道部の紹介

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弓道部は毎日楽しく練習をしています!

全員が高校から弓道を始めたひとばかりの部です!! 

皆が同じスタートラインから始めることが出来ます! 

後は、己との闘いです!

興味のある人は気軽に見学に来てください!

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日誌

【弓道部】令和7年度鳥取県高校総体

2025年6月2日 12時00分

5月24日~26日に鳥取県立武道館で第60回鳥取県高校総体がありました。
1日目は、公式練習と開会式です。

2日目は、個人戦です。
今年度は鳥取県でインターハイが開催されるため
通常の倍の4位までがインターハイ出場、そして6位までが入賞です。
1次予選は8射5中通過で、倉吉西からは10名が通過。
2次予選は4射3中通過で、倉吉西からは6名が通過。

決勝は、4射して上位から順位を決定するので
インターハイの切符を手にするには、ほぼ皆中するのが条件となります。
女子の決勝進出者は全体で7名。
倉吉西の決勝進出者は山田華暖、竹内しおり、粟田朋美、東本紗英。
決勝4射の結果、山田華暖と他校の選手1名の合計2名が4中。
この時点で4中の選手のインターハイ個人戦出場権が確定
4中の2名で優勝決定の射詰め競射です。
競射の結果、山田華暖の準優勝が決定。
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東本紗英と他校の選手2名の合計3名が3中。
3中の3名の中から2名のインターハイ個人戦出場権をかけて射詰め競射です。
競射の結果、東本紗英が第4位となり、インターハイ個人戦出場権を獲得
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2中の竹内しおりは、第6位となりました。
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男子の決勝進出者は全体で8名。
倉吉西の決勝進出者は、川原潤平、森田柊馬。
決勝4射の結果、川原潤平と他校の選手1名の合計2名が4中。
この時点で4中の選手のインターハイ個人戦出場権が確定
優勝決定射詰競射の結果、川原潤平が優勝しました。
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森田柊馬と他校の選手1名の合計2名が3中だったので
この時点で3中の選手のインターハイ個人戦出場権が確定
順位決定の遠近競射の結果、森田柊馬は第4位となりました。
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3日目は団体戦です。
予選40射して上位4チームを選出。
その後決勝リーグ戦によって順位を決めます。
例年、優勝チームのみがインターハイに出場ですが
今年は、開催県枠として1枠追加で2位までがインターハイに出場できます。

女子は、予選1立目16中、2立目12中、合計28中で予選を1位で通過
(倉吉西28中、米子西24中、米子東19中、境19中)

決勝リーグ戦
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第1試合
〇倉吉西 16-10 米子西●
〇境   11-6  米子東●

第2試合
〇倉吉西 14-10 境●
〇米子西  7-4  米子東●

第3試合
●境   10-12 米子西〇
●米子東  3-11 倉吉西〇
以上の結果、倉吉西3勝、米子西2勝1敗、境1勝2敗、米子東3敗
ということで、倉吉西の優勝(3年連続22回目)となりました。
また、竹内しおりが20射17中で最高的中賞を獲得しました。

男子は、予選1回目12中、2回目13中、合計25中で予選を1位タイで通過
(倉吉西25中、鳥取西25中、米子工業21中、米子西21中)

決勝リーグ戦
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第1試合
●米子工業 10-11 米子西〇
〇倉吉西 ②12-12①鳥取西●

第2試合
●米子工業 10-14 倉吉西〇
●米子西  10-14 鳥取西〇

第3試合
〇倉吉西  13-8  米子西●
〇鳥取西  13-8  米子工業〇
以上の結果、倉吉西3勝、鳥取西2勝1敗、米子西1勝2敗、米子工業3敗
ということで、優勝(5年連続28回目)
3年連続17回目のアベック優勝となりました。
また、川原潤平が20射19中で最高的中賞を獲得しました。
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団体戦の日は、全部員が応援に駆けつけ、一丸となって応援し選手の背中を押しました。
部員全員に感謝。ありがとう。
保護者の皆様も、応援ありがとうございました。
そしてこの試合で引退の3年生、お疲れさまでした。ありがとう。
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女子個人の山田華暖、東本紗英、男子個人の川原潤平、森田柊馬と男女団体は
7月下旬から今回の会場と同じ鳥取県米子市の「鳥取県立武道館」特設弓道場で開催される
「 開け未来の扉 中国総体 2025」に出場します。

試合結果
個人戦
女子
準優勝 山田華暖 →インターハイ出場
第4位 東本紗英 →インターハイ出場
第6位 竹内しおり

男子
優勝  川原潤平 →インターハイ出場
第4位 森田柊馬 →インターハイ出場

団体戦
女子 優勝(藤井光瑠、山根桜映、山田華暖、竹内しおり、東本紗英、野上愛華、福井瑠七) →インターハイ出場
男子 優勝(森田柊馬、川原潤平、木村蕾太、積田惇平、福山空、小原己侍)        →インターハイ出場 

最高的中賞
女子 竹内しおり(20射17中)
男子 川原潤平 (20射19中)

今年のインターハイは米子開催。
開催県枠で例年の倍の出場が出来るということもあって
たくさんの出場枠を獲得できました。
プレッシャーもあり、選手不足もあり、
非常に苦しい戦いでしたが
競り勝てたことは、本当にうれしく思います。
中国選手権まで半月、インターハイ本戦まで2か月。
しっかり強化して挑みましょう!

弓道場

新弓道場完成

2015年10月16日 07時41分

いよいよ新弓道場の完成です!

白壁土蔵のような「和」のたたずまい

防風壁も出来ました。これでビル風が無くなる事を祈ります。

射場正面より

的場です。

巻藁コーナー!

射場の内部です。広いですね!!

射手間隔も広く取れるようになりました。
「道場開き」
仮設から引越しの9月6日は、テスト期間で部活時間が制限されていました。
限られた時間の中で、引越しを済ませて
まずは監督の矢渡しです。この道場の記念すべき1本目と2本目。
責任重大です。緊張の一瞬!

安心しました!

その後、部員全員で一手祝射を行い、道場の完成を祝いました。
日程上、大々的な完成式典などが行えず、
また生徒も引越し作業後の普段着での道場開きとなりました。
道場建設にあたり、多くの方にご尽力いただき感謝申し上げます。
立派な道場に負けないように、更にこれからも精進いたします。

建築作業中

2015年10月14日 07時41分



いよいよ壁も出来てきました。

サイドはこんな感じ。

射場前面はこんな感じ。



防風壁や的場も形になってきました。

上棟

2015年7月6日 13時44分

更地になった土地に基礎が出来ました。木材も続々搬入!

いよいよ上棟です。足場を組んで

さぁ、組み立て開始!

仮設弓道場から見るとこんな感じです。柱が立ち始めました。




みるみる骨組みが出来上がっていきます。

仮設弓道場からも、その姿がはっきりと見えるようになりました。

垂木が張られて

屋根が完成!想像以上にデカイ!!

仮設弓道場

2015年6月8日 08時18分

いよいよ解体されてしまった弓道場。
弓道場が無くなったからといっても、1日たりとも練習を休むわけにはいきません。
試合シーズン真っ只中です。そして新入生も練習をしなければいけません。
倉吉市やその近郊には弓道場は無く、一番近い道場でも50kmほどの距離があります。
どうやっても「校外の施設で練習は出来ない」ということで
特別に工事期間中は校内の駐車場の一部に単管パイプで仮設弓道場を建設してもらい、
そこで練習をしています。
それが、今回ご紹介する倉吉西高仮設弓道場!

コチラが射場で

コチラが的場です。

強度上の問題で、的場の前にはパイプ有りです。
かなり酷な場所にパイプがあるので、協議をしましたが変更不可とのこと。
ならば仕方ない、コレでいきましょう!
しかし、パイプをよけて的を立てるとなると、的の間隔を狭くするしかありません。
インターハイは5人立ち、やっぱり6的は欲しい絵文字:会議
いろいろ考えた結果、狭いところで的間隔は90cmしか取れない。
公式規則の半分です絵文字:困った 冷汗。でも仕方ない。
パイプに巻いてある緑色のクッションカバーでは矢の破損は防げないので
的の高さまで砂袋を積んで対応。

当然射場側にもパイプがあり、オマケに目の前には電柱もある。

これだけ狭いと座射がキツイですね。
しかし練習できるということは、とてもありがたい事です絵文字:笑顔
事故の無いように気をつけて練習頑張ります絵文字:晴れ

弓道場解体作業

2015年5月12日 11時56分

いよいよ解体作業開始です。

バックホウが入って

屋根を剥がして

柱も解体

思い入れのある道場が、こうして解体されていく姿は心が痛みます。

的場も解体

立派に育った木々も
きき
伐採されて根っこも掘り起こし

どんどん更地へと変化していきます。

すべて撤去し終わって

更地になりました。

弓道場解体へ向けて片付け

2015年5月12日 11時40分

5月7日から解体作業が始まる弓道場。



ワイワイ賑やかで、賞状や大会の旗が貼られて

汗と涙と笑顔の思い出がいっぱい詰まった

思い入れのある

弓道場とお別れの時です。

GW最終日、明日からはもうこの道場に立ち入る事ができません。
いよいよ引越し作業です。
みんなで荷物を運び出すと、

こんなにスッキリして

ガラーンとしてしまいました。さみしいですね。道場ってこんなに広かったんだ。

この景色も見納めです。

ココで練習するのも今日で最後。残った時間で、この道場で最後の練習だ!

弓道場の歴史 建て替えの経緯

2015年4月20日 14時50分

1983年(昭和58年)3月に現在の場所に弓道場が新設されました。
それと同じくして、弓道部が同好会として発足。
1985年(昭和60年)には部に昇格し、進藤康文先生を師範として迎えます。
そして現在に至るまで、この弓道場で練習をしてまいりましたが、
2008年(平成20年)9月、すぐ隣に2階建ての新体育館(夢きらアリーナ)が完成すると
年間を通してビル風が発生し、練習に影響が出始めました。
特に冬場は、矢が風に流され真っ直ぐ飛ばないほどの暴風が吹き荒れ、
防風壁の設置が望まれました。
その後、県と検討協議を重ねた結果、道場自体の老朽化も目立つ事から
防風壁を含めた改築計画が出され、今年度新たに建て直すことになりました。
現在の弓道場は4月末日まで使用し、5月より解体、9月には新弓道場が完成する予定です。
ココでは随時、弓道場の様子をお伝えしていく予定です。
第1回目は現在の弓道場が建築されたときの様子をお届けします。

コチラが1983年2月に、現在の弓道場が建築される前の状態です。


鉄骨が組まれて、道場の形が出来てきました。


そして、これが完成直後の様子です。
ココから倉吉西高弓道部の歴史は始まりました。